こんにちは、まのです。
今回は人生会議というものをテーマに挙げたいと思います。
そもそも、人生会議やACPってなに?という方が多いかと思いますので…(医療従事者以外の方の七割は聞いたこともないというアンケート結果でした)簡単に解説もしながら、先日勉強会に参加してきましたのでその雑感なども踏まえつつ。
人生会議という、老若男女問わず関りのある大切な人生選択に関わるお話しを綴りたいと思います。
当まのぱぺ相談室は発達障害専門カウンセリングと謳っているため、一見関係ない話題?と思われる方もおられるかもしれませんが…。
実のところ、ご相談をお受けしていると話題、悩みというものは実に様々な分野で起こります。
夫の発達障害について相談していたけど、最近親の体調のことも心配で…など、内科的な意味の医療分野に話が及ぶことは珍しくありません。
そのようなとき、できるだけワンストップ(一か所で相談先が済むよう)で対応できるよう、僕はできるだけ各方面の情報を吸収し、相談対応ができるよう心掛けております。もともと救急病院で勤務していた身ですしね。
もちろん、僕の力量でカバーできない範囲は然るべきところを探していくことも提案しますが。
このような背景もあり、人生会議の大切さというテーマで今回は発信していきたいと思います。
人生会議(ACP)ってなに?
人生会議とは、最初に一言で言ってしまうと。
自分の人生の最終段階のとき、どのような医療ケアを受けたいか、また受けたくないかといった意思決定を意思表示ができるうちにしておき、家族や医療スタッフと共有しておくこと。
ちなみにACPはAdvance Care Planning(アドバンス・ケア・プランニング)の略。事前にケアの計画を立てましょう…ということで意味としては人生会議と同じで取ってもらえれば大丈夫です。
どこまで何について話合うか、そこに正解はありません。それぞれの方の目線で考えてよいわけですが、とはいえ分かりやすくするために例を挙げていくと…。
癌が寛解したものの、再発のリスクがあると言われている ⇒ 予め体調の良いうちに、再発した場合の抗がん剤に対しての考え方などを整理しておく。
といったイメージです。
この場合は癌、というある程度リスクが想定される相手が決まっているわけですが…こうした特定の心配がない場合でもたとえば…。
・食事制限と好きなものを食べる、どちらを優先したいか
・心臓マッサージや人工呼吸といった延命治療をどこまで希望するか
・施設や病院に入るなら四人部屋がいいか個室がいいか
・続けたい趣味や活動、嗜好品があるか
・最期を迎えるのは家がよいか
などなど…挙げていくとかなり選択の場面があります。
これらは万人共通の正解というものはなく、一番大切にするべきは医療者の判断でもご家族の判断でもなく、本人の考えです。
これらについて、自分の頭の中でイメージがある…という方はおられるかもしれません。
ですが、それを周囲に伝えているという方はなかなか少ないのではないでしょうか。
そして、これはもちろんご本人とご家族だけで行うこともできるのですが…とはいえいくつかのハードルがあるかと思います。
改まってこうした話題を口にする気まずさや言いにくさ…家族の死を連想させることへのためらい。また、話そうにもどのような選択肢があって何をもって決めれば良いのか。
こうしたハードルをサポートする役目として、主に医療従事者や福祉関係者が人生会議サポーターという役割として間に入ることがあります。
今回、僕が参加させて頂いたのはまさにこの人生会議サポーターを養成する研修でした。
こうした人生会議サポーターといった存在の助けも借りながら、人生の最期に関わる選択をあらかじめ家族と話合っておく…この重要性に対する認識や取り組みが、近年特に広まってきているというわけです。
カンタンではありますが、ここまで概要を説明させて頂いたところで…次の項では人生会議を行う意義を見ていきましょう。
人生会議は自分のためであり、家族のためでもある
①自分のための人生会議
近年重要性が説かれてきている、と書きましたがでは一体、人生会議はなぜ大切なのでしょうか。
まず第一に挙げられるのは、何よりご自身のためです。
ひと昔前では、癌の告知を家族だけに伝え当人には知らせない…という選択がされることは一般でした。これはこれで、ご本人の尊厳を守る選択として1つの方法でしょう。
一方で自身の立場に立ったとき、自分自身の癌を知りたいか知りたくないかは意見が別れるところだと思います。
近年では、本人へ癌告知をするのが第一選択である流れが主となっています。
これは治療手段が広がったなどの理由もあるかと思いますが、本人の意思を汲まない医療判断・選択をする場面が多かったことへの反省、改善へ向けての流れも含まれているのではないでしょうか。
自身の癌を知らずに亡くなっていった方の中には、可能であれば知りたかったという方もおられるかもしれません。知った方が幸せだったのか、知らない方が幸せだったのか、それを比べて確かめる術はありませんが…。
少なくとも、事前に自分は「癌になったら知りたい」という意思を伝えられる場があったとしたら、意思に反して自分の知らない場で癌が進行していくという事態は避けられたはずです。
こうした、命に関わる重大な選択を患者さん自身ができるために…予め話し合っておくことで後悔しない治療選択というものに近づけられます。
あまり想像したくないことですが、重篤な状態のときに言葉を発せられるか、意識があるかといったことは予想できませんからね…。
データ上では、命の危機に迫った状態の方の70%が自分で選択をしたり望みを伝えたり、といったことができない状態に陥るようです。
起きてからではできないことがある、という体験を我々医療従事者は日々痛感していますので…だからこそ事前にできることを、と人生会議という取り組みが広まっているのだろうと思います。
②家族のための人生会議
そしてもう1つ、大切な視点として遺された家族のためでもある、という考え方です。
前述の例で言えば…癌の告知を本人にするべきかどうか、ある意味では一番苦しいのはこの選択を迫られたご家族の方ではないでしょうか。
ご本人の意思が確認できないという状態では、『あの選択は正しかったのだろうか…』『本人は望んでいたのだろうか』という疑念は拭い去るのが難しいものとなりえます。
改めて話すには重く、辛いテーマですが…事前に自分の意思を伝えておくというのは、ご家族に対してできる優しさの形でもあるとも言えるでしょう。
会議、と固く考えなくていい
最後に補足しておきたいこととして…人生会議というのは何も、大々的に家族会議を開こうという主旨のもと行うとは限りません。
というよりむしろ、そうでないケースの方が多いのではないでしょうか。
会議と聞くと、〇月×日、△時~でメンバーは誰で…と形式ばったイメージになるかもしれません。
ですが実際は、何気ない場面の積み重ねでもいいです。
日頃、ふと思い当たった際に伝えられる人に伝えたりといった具合でもよく…その方法や形に決まりはありません。
そして、一度決めたことが全てでもありません。
やはり病状や様々な状況を踏まえ、考えが変わることがあって当然ですので。何度考え直しても大丈夫です。
あるいは、今は考えられない…と思えば無理にすぐに考える必要もありません。
大事なのは、こうした考え方を頭の隅に置いておくということ。
少しでも事前にイメージをもち、いざというときに後悔しない選択ができる準備をしておくこと。
それがゼロか、いくらか家族と話した経験があるか、というだけでも違いは大きなものです。
…と偉そうなことを書きつつ、僕自身こうした話を自分の家族とする機会はなかなかありません。もちろん、大切なことと頭では分かっているんですが、やはり気が重く腰も重いものです(^_^;)
広めようとしている側の人間ですらこうなのだから、いきなり人生会議をしよう!と動き出せる人の方が少ないのは当然と言えます。
ですが、何事もまずは知り、考えるところからスタートです。
少しずつでもこうした取り組みが機会となり、自分や家族の最期の在り方を前向きに考えられる世の中になったら…それもまた、1人1人の人生をより良いものとしていく上でとても価値のあることではないかなと思いました。
まの☆言葉と発達障害と心の専門家さん
この記事を書いた人:まの (まのぱぺ相談室代表)
【保有資格】
言語聴覚士 (国家資格) / 公認心理師 (国家資格) / 正規Keep Safeインストラクター修了
【主な経歴・実績 (臨床経験10年以上)】
- 元・看護専門学校 非常勤講師(リハビリ概論/言語・高次脳機能障害などを担当)
- 急性期病院での小児~成人リハ (失語症、嚥下、高次脳機能障害)
- 1歳~18歳までの支援 (発達障害、ことばの遅れ、吃音、緘黙、学習障害など)
- 重症心身障害児・者リハビリテーション
- 保育園へ毎月訪問し、保育士さんとの意見交換業務を継続中
- 学会での発表実績あり (令和8年も発表に向けて準備中!)

