こんにちは、まのです。
前回に続いて陰謀論というテーマでお話ししていきたいと思います。
↓の前回の記事では、なぜこのオンラインカウンセリングのサイトで陰謀論というテーマについて触れるのか、信じたくなる人にはどういった心理や現象がはたらいているのか…といったことを主に取り上げました。
後編とも言える今回の記事では、もし実際に陰謀論にハマった相手が身近にいたら…そしてその信念の違いによって自分や周囲に何かしらの被害が出ることになってしまっていたら…。
身近な人間としてできることがあるのか、考えてみました。
と、考えたとはいっても前回に引き続きベースは下記参考図書を元にさせて頂いていますm(__)m
なぜ、あの人は陰謀論を信じるのか?: 迫りくる陰謀論時代への備え方 陰謀論を科学する
アーサー・エバンス (著)
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前提として、何を信じるかはその方の自由
なにかできることがあるか、を考える前にこの大切な前提に触れておきたいと思います。
前回の記事でも挙げましたが、何かを信じるというそれ自体が否定されるものではありません。
言い換えると「相手の考え方を改めさせること自体を、最終目的にしない」ということですね。
地球が平面か球状か、新型コロナウイルスは誰かによって仕組まれたものなのか、マイナンバーカードはディストピアの始まりなのか…。
実際のところを確かめる術は世間一般の大半の方には無いですし、自分が信じている常識が真実とも限りません。
分からない中でもどうにか情報を仕入れ、考えられるリスクに備えるというのは生存本能からくるものでもあります。
長い生命の進化の歴史の中で、あらゆるリスクを念頭に置いて動く個体の方が生存に有利だったのは確かなことでもあります。
ですから信じた先が、一般的には少し驚くような内容だとしてもそれ自体が罪とは言えないわけですが……一方で、ときにこうした価値観の違いが人間関係での摩擦を生むことがあります。
身近な方と根本的な価値観の違いが生じてしまった…その結果、大切な人間関係にまで悪影響が出てしまっている。
そんなとき、この関係性を修復するためにできることはなんだろう…ということを考えていきたいと思います。
大切なのは、相手の考え方を改めさせること自体が目的ではない、ということです。
「どうすれば、価値観が違う二人の関係性を壊さずに済むか」が目指すところである、と忘れないように考えていきましょう。
紹介する方法の中には、相手の考え方が変わるよう求める内容も入っていますが……それはあくまで関係性を取り持つための一手です。
根本として人それぞれ違う考え方があっていい、という視点は忘れずにいることも大切ですね。
周囲ができる「4つの対応策」と使い分け
まずは上記の参考図書で挙げられている、対応方法4つをざっと記載します。
① 無視する / 聞き流す
- 向いている相手: 友人、知人、SNS上の知人など
- ポイント: 生活を共にしていない相手なら、あえて議論の土俵に上がらないのが一番の自衛です。「へぇ、そうなんだね」と受け流し、心の距離を保ちます。
② 論破する
- 向いている相手: 相手がハマり始めの初期段階なら効果がある場合もあります。
- リスク:どっぷり信じ込んでいる場合、論破は逆効果です。相手は「攻撃された」と感じて余計に殻に閉じこもり、説の正当性を証明しようと過激化する恐れがあります。
③ 話し合う
- 向いている相手: 冷静な対話が可能な、信頼関係がある相手
- 注意点: 「説の真偽」を話し合うのではなく、「その話を聞かされるのが自分は辛い」「もっと以前のような楽しい会話をしたい」といった自分の気持ちを伝える場にします。
④ 全体に目を向け、真の欲求に寄り添う
ポイント: 陰謀論そのものではなく、「なぜこの人はこれを信じる必要があったのか?」に目を向けます。
向いている相手: 家族、パートナーなど、最も大切な人
引用:なぜ、あの人は陰謀論を信じるのか?: 迫りくる陰謀論時代への備え方 陰謀論を科学する
アーサー・エバンス (著)
これらは相手との関係性、相手のハマっている深さや時間、犯罪行為などに関わってしまう恐れのある緊急事態かなどによって使い分けが必要のようです。
たとえば分かりやすいところでいくと、①の無視する/聞き流す、は相手が友人や知人などある程度距離をおける相手なら手段となりえるわけですが…家族など長時間接したり生活そのものを共にするような相手だと無視し続けるわけにもいきません。
また、②の論破という手段は、相手が陰謀論にハマって間もない方であればうまくいく可能性もありますが…どっぷり信じ込んでいる状態だとかえって敵対してしまう可能性もあります。
余計に信じている説の正当性を証明しようと、その説に固執したり他者を攻撃したり、といったリスクですね。
そして②・③の共通する懸念点は、仮にその陰謀論から考えを変えることができたとしても、新たな信じる先へ移行しモグラ叩きが続いてしまうリスクがあることです。
陰謀論を妄信しているような状況のとき、その人にとってその信じる、という行為が救いになっている可能性があります。
何か満たされない欲求や心の隙間があり、それを埋めてくれるのがここでは陰謀論だった、という可能性です。
それは前回のコラムで挙げた、社会への不安、ひいては自身の安全性が脅かされるという不安だったりするわけですが……。
さらに深く掘り下げていくと、その方それぞれで根っこにある欲求が隠れていたりします。
人とのつながりの不足、大切な誰かとの不和、自分が社会から認められていないという感覚、心身の安定が保証されていない不安…。
これらが解決されないままに妄信する対象を変えたとしても、また新たな信じたいもの、頼りたいものに過度な傾倒をしてしまう可能性があります。
カウンセリングの観点から見た「④」の深層
そこで出てくるのが、④全体に目を向け、真の欲求に寄り添うという方法ですね。
陰謀論だけに焦点を当てるのではなく、そもそもその方が感じている不安や負担の正体はなんなのか、それを見つけ埋める方法を模索していく。
……これはかなりカウンセリングとも共通する考え方ですね。
僕としてもこの本を読んでいて、こういう結末に着地したのは意外でもありました。
陰謀論を妄信する背景には、満たされない欲求や心の隙間が隠れていることが多々あります。
- 人との繋がりの不足(孤独感)
- 社会から認められていない感覚(自己肯定感の低下)
- 心身の安定が脅かされる不安
これらが解決されない限り、一つの説を否定してもまた別の「信じたいもの」へ移行するモグラ叩きが続いてしまいかねません。
陰謀論を否定するのではなく、その人が抱えている「不安の正体」を見つけ、埋める方法を一緒に模索する。これはまさに、カウンセリングのプロセスそのものと言っても良いように思います。
家族だけで抱え込まないでほしい理由
一方で、カウンセラーではない方の視点からするとこれはなかなか難儀なことのようにも思います。
なにせ、カウンセリングに近いほど客観的で冷静な視点をもち全体に目を向ける、というのは…相手の方と関係性が近ければ近いほど難しくなるからです。
頭では分かっていても感情は入りますし、焦りますし、もどかしくもありますから。
僕自身、家族や親しい間柄の人間を相手に④のような方法をとれるかというと…限界はある気もしますね。
だからこそ、「専門家(カウンセラー)」という第三者を使ってほしいのです。
- 相手を連れてくるのが難しければ、まずは「接し方に悩んでいるあなた」が相談に来るだけでも、状況は大きく変わります。
- フラットな立場から整理することで、あなた自身の心の疲弊を防ぐことができます。
おわりに
前回のコラムから2本かけて陰謀論というテーマで書かせて頂きました。
前の記事でも触れましたが、陰謀論というのはたまたまそういう切り口であったに過ぎず、あらゆる人の悩みは信念や価値観の違いから生じているものが大半です。
仕事がうまくいかない、ということに関しても突き詰めていけば「周囲の求める価値観と合わない」「言ってもらえたら分かるのにその場すら十分にない」という風に人との考え方の違いに着地することが大半です。
こうした数々のギャップの最たる例が、陰謀論を信じる人と信じない人という相違だったのだろうと感じました。
こうして他人との信念の違いに苦しんだ先に、自分の価値観や信念へも影響が出ると…なりたい自分になれない、できないことへの苛立ち、自分の価値を過小評価してしまうといった状況、いわゆる生きづらさというものにも続いてしまう。
そうならないために、というのはそれぞれの方の置かれている状況によっても違いますし口で言うほど簡単なものでもありませんが…
こうした関連する話題を発信することが、読んだ方の理解の一助となることを願っています。
この記事を書いた人:まの (まのぱぺ相談室代表)
【保有資格】
言語聴覚士 (国家資格) / 公認心理師 (国家資格) / 正規Keep Safeインストラクター修了
【主な経歴・実績 (臨床経験10年以上)】
- 元・看護専門学校 非常勤講師(リハビリ概論/言語・高次脳機能障害などを担当)
- 急性期病院での小児~成人リハ (失語症、嚥下、高次脳機能障害)
- 1歳~18歳までの支援 (発達障害、ことばの遅れ、吃音、緘黙、学習障害など)
- 重症心身障害児・者リハビリテーション
- 保育園へ毎月訪問し、保育士さんとの意見交換業務を継続中
- 学会での発表実績あり (令和8年も発表に向けて準備中!)
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